今日でスクーリング終了。

来年の社会福祉士の試験に向けて、本格始動します。

来年試験は、新カリキュラムになるのでちょっと戸惑いもありますが、とにかくやるっきゃないです。

認知症の方の支援がより専門的にできるようにと昨年決心して、通信の勉強を始めました。

レポートと小テストに取り組んできましたが、どうやら学校は無事卒業できそうです。

これから毎朝過去問やワークと格闘しながら、頑張ります。punch

(ちょっとした決意発表)

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センター方式実践報告会

楽しい一日でした。

全国の頑張っている方達のお話が聞けて、とっても刺激されました。

行政の立場や家族の立場、支援する専門職の立場からのそれぞれの報告があって、どれも興味深いものでした。

出会いがたくさんあって、また明日から頑張ろうって、気持ちになりました。

センター方式は書く作業が面倒くさいとか、業務が忙しくて、という理由でなかなか定着しません。

でも使ってみると、たくさん課題はあっても、認知症の方のケアにとても効果があります。

5年間使ってみて思うことは、支援、ケアの視点を養うためのツールとして、非常に有効ということです。

自分が気づける。

書いているうちに自分で嫌でも気づく。

そこにケアの質が高まっていく要因があると思うのです。

とにかく今日は楽しかった。

みんな苦しみながらもあきらめていないところが同じだなって思いました。

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気になるニュース。

昨日の火事のニュースで気になった、埼玉の独居老人。

無年金で電気代が払えず、ろうそくを衣装ケースに立てて明かりを取っていて、それが引火して火事になったという事件。

それに関連してインタビューに埼玉の福祉事務所の担当者が応えていました。

「連休明けたら預金通帳を持って再度来て下さい、といって帰しました。」と。

先日、似たようなケースがありました。

でもその方の場合は助けてくれる方がいた点で、違いがありました。

2ヶ月間電気代が支払えず、懐中電灯の明かりで夜を過ごし、砂糖水で飢えをしのいでいた認知症の独居の女性の方でしたが、その方をよく知る民生委員さんのお陰で、生活保護申請ができました。

福祉事務所もとても迅速に動いてくださり、その方は年末年始も無事に送ることができました。

火事になった方のご事情はニュースの情報しかないので、何ともいえませんが、「お金が無い」と救いを求めて窓口にお一人で来られたのだとすると、担当者の言葉にどんな思いで帰られたのでしょう。

寒さや飢えをどうやって、しのいでいたのでしょう。

。。。。でも怪我が無くてよかったです。

ニュースで映し出された蔦のたくさん絡まったお家が印象的でした。

この火事をきっかけに適切な支援が受けられて、その方が「ほっとheart04」できる生活が送れますように。happy01

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アルツハイマー病

昨日ピーター・ホワイトハウス氏の講演を聞いてきました。

アルツハイマー病の俗説について、「アルツハイマー病は単一の病気ではなく、重篤な脳の老化に関係する複合的な状態である。」とおっしゃっていました。

これまで脳の老化とは関係ないと思っていたし、そのように文献にも書いてあったのでそうかと思い込んでいましたが、昨日のお話をきき、とても新鮮で尚且つ府に落ちました。

85歳を超えると4人に1人が認知症になるということからも、脳の老化と無関係なわけはないと思っていたので、疑問が解けた感じです。

先生もすばらしかったのですが、先生のお話をその場で通訳なさっていた方の能力の高さに感激しました。

特に質疑応答の場面で、会場からの質問は、ぐちゃぐちゃで言ってる意味が良くわからなかったのにも関わらず、即座に整理して通訳していたので、感動しました。

要約してもらってやっと質問者の意図が伝わった私でした。

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同僚と後輩、そして仲間

今日は若いスタッフとご飯を食べて帰りました。

彼女はとても優秀で、きちんと仕事をこなせる人。

私のリーダーとしてのやり方を冷静に見ていて、足りないところをカバーしてくれています。

たまに衝突したりもするけれど、指導したことを的確に身に付けられる、とても頼もしい存在です。

いい仕事仲間に恵まれていることに感謝します。

以前書いたおばちゃんも最近は全くストレスの対象ではなくなりました。

そのドジっぷりが最近はとてもかわいく思えてきているから不思議です。

受け入れるってこういうことかな。

いいところも悪いところもひっくるめて、仲間として存在しています。

そして私のことを助けてくれたりもします。

同じ職場に自分の理解者がいることが、職場以外の人達と仕事をしていく上ではとても大切です。助け船を出してくれたり、後押しをしてくれるから。

気弱になったときや、自分はだめかもと思ったとき大きな励みになります。

応援団になってくれるから。

今日後輩の存在をはそんな自分の応援団なんだって、感じました。shine

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孤独死

孤独死は私が働いている地域での課題の一つです。

今日自宅でお一人でひっそり亡くなられた方が発見されたと一報が入りました。

配食の方がおかしいと気づいてくださったので発見に繋がりました。

そういえば数年前やはりお一人暮らしの方が同じように亡くなられたことがありました。

その方は女性でしたがお酒が好きで、アルコールの問題を抱えていました。

体は腎臓や肝臓が悲鳴をあげていました。脳梗塞の既往もあったり、糖尿病でインシュリンの自己注射もしていました。

このままだと良い状態には決してならないというのがわかっていてもお酒をやめられず、食事も制限していなければ厳しい状況なのにいつも玄関には店屋物のどんぶりがありました。

介護保険のデイサービスを利用なさっていて、ある朝デイサービスの方がいつものようにお迎えに行ったら、カツどんを頬張った状態で事切れていました。

傍にはお酒のビンが転がっていて、、、。

なんともやりきれない気持ちになりました。

検死が終わったというのでお会いしに行くと、まるでタンスの引き出しみたいなところにご遺体が安置されていたのをとても痛ましく思ったのを覚えています。

生活保護を受けていたのですが、ハチャメチャな生き方をされていた方だったことから、ご親族の方とは疎遠でどなたも弔って差し上げる方はいませんでした。

とてもさばさばしていて、気丈で男気があって、いつも強気で、、、でもどうしようもない孤独を心の奥に抱えていらっしゃる方でした。

今日はなんだかその方を思い出しました。

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Oさん

今日は平成13年に脳出血になり半身が不自由になったOさんのことを書きます。

58歳で脳出血を起こした彼との出会いは生活保護のワーカーからの「退院してくるのにご家族がだれもいないので、退院のその日からヘルパーの調整や生活の建て直しを手伝ってほしい。」と依頼されたのがきっかけでした。

その頃のOさんは奥さんと離婚して間もなく、お酒におぼれていて生活が荒れていました。そんな中での脳出血の発作でした。だから余計に生きる意欲を失っていて私たちが支えるにはかなり難しい方でした。

「障害を受容し、向き合って生きる」なんてとてもできそうにない方でした。

自分に甘くて、弱虫で言い訳がましくて、でも人懐っこくてほうって置けなくて、、というような方でした。

そんなOさんが気になりながらも、その後私はOさんとは直接の関わりがなくなって久しかったのですが、今回また縁あって訪問することになりました。

義理堅いOさんは私のことを忘れないでいてくださいました。というよりあの頃のまま時間が止まっていたようでした。あの当時、自分の置かれている状況を受け入れず、良かった時代の話ばかりをしていて前に向かって生きようとなさらなかったOさんでしたが、あの当時は障害を持ったばかりだし、向き合うなんてそう簡単にはできないから仕方ないと思っていました。でも7年経って会ったOさんはまだ過去に生きていました。

Oさんに流れていた7年の時間はどんな時間だったのかなって思いました。

真っ白の髭と白髪のざんばら髪がまるで仙人のようでした。

狭いひと間のアパートの部屋から殆ど出ず、接触するのは週2回訪れるヘルパーさん達と大家さん。

でも驚いたのは7年まえと代わらぬADLだったこと。触らせてもらった下肢の筋力も結構あって、歩く力も衰えていなかったのは少し不思議な感じを受けました。

Oさんは訪問する私のために1年ぶりにシャワーを浴びて待っていてくれました。

そして明日はワーカーさんと何年ぶりかのお医者さんに行く予定です。

今日Oさんが話す取りとめもないお話をゆっくり聴きながら人は何のために生きるんだろうって思いました。bottle

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対人援助職

奥が深い、、。sweat01

今日は一日研修でした。

疲れたけどよく笑い、考えさせられた時間でした。いつも注意深く面接している気になっていたけれど、まだまだなんだなって思いました。

とらわれすぎてる自分に気がつきました。note出来てる最近の私shineと思っていました。

なんと傲慢になっていたのでしょう。反省します。

謙虚に。

「家族ってすばらしい。面白い。家族をシステムで捉えることに気をつけてみようっと。」と思いました。

そしてあらためて感じました。

私の家族は最高sign03

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